スペシャルホビー 1/72 SH72140
英・ブラックバーン・スクアMk.II艦上攻撃機
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■ イギリス海軍初の引き込み脚・可変ピッチプロペラを装備した艦上攻撃機です。爆撃能力の他に戦闘機の能力も持ち、第二次大戦初の撃墜を記録するなど大戦初期に活躍しました。
★1934年、英空軍省はO.27/34仕様書を発行しました。この仕様書には、艦載用の多用途機に関する要件が盛り込まれており、戦闘機としても急降下爆撃機としても運用できることが求められていました。当時のイギリスにおける空母用戦闘機の概念は、長距離の作戦飛行と敵偵察機との交戦を想定した複座機であり、敵爆撃機や戦闘機との戦闘は想定されていませんでした。ブラックバーン社の主任設計士G.E.ペティ技師によるB.24計画が最良とされ、採用されました。ペティは、全金属製の低翼単葉機を設計し、折りたたみ式の主翼と引き込み式の脚を備えていました。胴体下部にはアレスティングフックと、最大226kgの爆弾を搭載できるくぼみが設けられていました。最初の試作機はSkua Mk.Iと命名され、1937年2月9日に初飛行を行いました。試験が成功したため、すぐに量産が開始されました。量産機はブリストル・パーシアスXIIエンジンを搭載し、Skua Mk.IIと呼ばれました。これらは第800、801、803、806飛行隊に配備され、訓練部隊や標的曳航部隊にも供給されました。生産は急ピッチで進められましたが、戦闘機としてはすでに時代遅れと見なされていました。戦争が勃発すると、Skuaはすぐに実戦投入され、空母および陸上基地から作戦を展開しました。1939年9月14日、ドイツの潜水艦に対する初の爆撃攻撃では、3機編成のうち2機が自軍の低品質な爆弾により失われました。しかし9月26日には、第803飛行隊の2機が敵のドルニエDo 18を撃墜し、これが第二次世界大戦におけるイギリス初の空中勝利となりました。Skuaは他にも多くの「初」を記録しています。1940年4月10日のノルウェー戦役では、16機のSkuaがドイツの巡洋艦ケーニヒスベルクを撃沈。これは戦艦に対する史上初の航空攻撃成功例でした。第800飛行隊(R.T.パートリッジ大尉)と第803飛行隊(W.P.ルーシー中尉)は、オークニー諸島のハットストン基地から出撃しました。Skuaはダンケルクの戦いにも参加し、空母アーク・ロイヤルに搭載されて地中海戦線にも投入されました。1940年7月3日には、アーク・ロイヤル所属のSkuaが旧同盟国フランスの戦闘機と交戦。これはイギリス機がフランス機と戦った初の事例であり、同時にこの非公式戦争で最初に失われたイギリス機でもありました。Skuaは1941年4月にアーク・ロイヤルから退役し、その後は非戦闘部隊でのみ使用されました。戦闘機としての性能は低かったものの、5機以上の撃墜を記録したエースパイロットも複数存在しました。爆撃機としてはより高い成果を挙げられた可能性がありましたが、海軍本部による運用の不備がその潜在力を活かしきれなかったとされています。