ミラージュホビー 1/400 MR400407
ポーランド・オジェウ潜水艦 オジェウ級
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■オランダ生まれのポーランド軍新鋭潜水艦!
オジェウは、第二次世界大戦中に活躍したポーランド海軍のオジェウ級潜水艦。オランダの デ・スヘルデ造船 所で第205号艦として起工され、1939年2月2日に就役した。
ポーランド侵攻時、オジェウは計画に従い、バルト海の指定戦略水域の哨戒に派遣された。乗組員は、前弩級戦艦シュレスヴィヒ=ホルシュタインがダンツィヒを出港した場合、これを攻撃するよう命令を受けが状況が急速に悪化したため、9月4日にその戦域を放棄し、バルト海へ撤退し始めた。オジェウはドイツの掃海艇M3とM4の攻撃を受け、損傷を受けたが、その夜には破壊を免れた。オジェウの乗組員は、損傷のためエストニアのタリンに向かうことを決め1939年9月14日にタリンに到着した。ドイツの強い要請により、エストニア軍当局は船に乗り込み、乗組員を抑留し、航行援助装置と地図をすべて押収し、すべての武装の撤去を開始した。
オジェウの乗組員は2人のエストニア人警備員を人質に乗せてタリンから脱出した。
グディニャを出航してから 40 日後、スコットランド東海岸沖に上陸し数週間前に沈没したと思っていたイギリス軍は驚いた。
修理後、オジェウはイギリス海軍の第2潜水艦隊に配属され、哨戒任務に就いた。1940年4月8日正午過ぎ、オルゼウはノルウェー南部でドイツ兵員輸送船リオデジャネイロを沈め 、ノルウェー侵攻 に向かったドイツ兵数百人に損害をあたえた。
1940年5月23日、オジェウは北海中央部で7回目の哨戒に出発した。6月1日と2日、ロサイス海軍基地から無線電報が送信され、巡視海域を変更してスカゲラク海峡に向かうよう命令された。出航以来、同艦からの無線信号は受信が確認されなかった。1940年6月8日、潜水艦は公式に行方不明と宣言された。真の原因は不明だが、スカゲラク海峡内またはその付近で機雷に接触した可能性が高いと一般に考えられている。 |
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